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東区百人町

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名古屋市東区 JR中央本線千種〜大曽根間にて
前回も少し触れた中央線の掘割区間。この掘割は千種駅まで続いてその後は高架線に入って
鶴舞駅へとさらに続いていきます。

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線路に架かる橋はいずれもかなりの年代物。
きっと電車の移り変わりものんびり眺めて来たのでしょう。
もちろん名古屋で唯一の103系も知ってるでしょうね。


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おっとこれは、トタン壁にすっぽり収まった自販機。


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名古屋市東区百人町にて
線路沿いから少し歩くと百人町に出ます。
百人町といえばかつて百人鉄砲隊の屋敷があった新宿区百人町が有名ですが、
ここ名古屋にもかつて尾張藩百人鉄砲隊の屋敷があったことから百人町と名付けられた一画があります。
おそらく前回訪れた徳川園(尾張藩徳川家の屋敷)に近いことからこの地に置かれたのでしょう。

新宿の百人町は敵からの攻撃に備え路地に細長い屋敷が並んでいたのが特徴で
今も細い路地が何本も並んでいますが、ここも地図で見ると区画が横に細長い長方形に近い形をしています。

そしてこれは偶然かすぐ近くを走るのはいずれも中央線という共通点も。


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ではさっそく歩いてみましょう。


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中央の道からそれる路地はさらに狭幅。
車はさすがに無理で、人かバイクがやっとでしょう。


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今も武家屋敷の名残と思われる家や壁が残っています。


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そしてこの路地もまた狭い。


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途中にある銭湯の煙突 貫禄があります。

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その銭湯の一角にはなぜかレンガの壁。

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百人町のほぼ中央を走る道路。
この道路を境に東と西に分かれます。

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さらに向こうにも続いているので行ってみましょう。

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小さな石碑か。大正の文字だけはかろうじて読めます。

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西側にある小さな公園。
緑が豊かです。

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通りを挟んだ西側は建て替えられたのか古い建物は若干少ない様子。

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指差しで百人町と書かれた石碑
こちらから入るべきだったか。

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入るといきなりトタンも壁。
細い道に住宅地が続いていました。
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  1. 2019/06/24(月) 00:37:52|
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  3. | コメント:0

徳川園とバスをメーグル

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名古屋市東区 名鉄瀬戸線森下駅
名鉄の他の路線とは一切接点を持たない瀬戸線。以前来たとき(10年くらい前)は
まだ赤い電車が主流で中には釣りかけモーターの電車も残っていました。
今はステンレス車に統一されましたが、本線系統とは違う四角いデザインの電車が走っています。


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高架線の下に効率よく作られた駅入口の階段。
今年初めにNHKで放送されていた“トクサツガガガ”にも瀬戸線の高架下と思われるシーンが登場しますが
ここから近いのでしょうか。


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森下とは現在の東区から北区にかかる旧町名の森下町が由来で今は東区徳川・北区大曽根に編入され町名は消滅。
駅名にその名残をとどめています。


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片山八幡神社
森下駅から徳川園方面に歩いて5分ほどでこの神社に着きます。


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大正時代からある鳥居。
昭和〜平成〜令和と4つの時代を繋いでいることになります。


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徳川町とは尾張藩徳川家の屋敷(現在の徳川園)があったことに由来します。
名古屋でもっとも格式高い町とも言えるでしょうか。


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名古屋市内の観光名所をグルっと回るバス“メーグル”。
名古屋・巡る・グーグルにうまくひっかけたかなりうまい名称ですね。


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道の向こうは緩やかな上り坂になっていて、地形に起伏がありそうです。
そういえば、近くを走る中央線も千種駅は地上より低い掘割の中を走ったかと思えば
鶴舞駅付近は高架を走ったりと高低差が大きいことに気づきました。


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名古屋市東区徳川町 徳川園にて
周囲をビルに囲まれながらも緑が美しい日本庭園。せっかくなので寄ってみました。


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バーゲンセールの図!?

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町歩きもいいですが美しい庭園で一息つくのもいいもの。


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名古屋市東区 基幹バス徳川園新出来バス停にて
日本で初めてバス専用レーンを導入した名古屋市の基幹バス。
道路の中央に配置したレーンは日本ではとても珍しいのではないでしょうか。


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バス停は路面電車の電停と同じようなつくり。
名古屋市電を知っている世代の方ならこの光景を懐かしいと感じたりもするのかもしれないですね。

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右折車線やバス停が中央にある関係で交差点ごとにレーンはくねって配置されています。
ここは路面電車と違ってちょっと苦しいところ。

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続いて名鉄バスが到着。

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市バスを眺めていた歩道橋、階段の幅が狭い!
すれ違うのがやっとというよりすれ違うのも窮屈そうです。


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喫茶店のロゴがいいですね。

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さらに歩いて次回は中央線の線路付近まで向かいます。
  1. 2019/06/17(月) 22:33:58|
  2. 愛知県
  3. | コメント:0

城東コロコロ歩き

前回の続きです。

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名古屋市北区城東町にて
まっすぐに続く通りに和風の家が並んでいると一見観光地にも見えますが、
電線が空を活き活きと躍っているところがいいですね。
やっぱり町はこうでなくっちゃ。


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表通りは結構な幅がありますが横に入る路地はかなりの狭さ。
車一台がやっとの幅でしょうか。


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ここはかつて城東園と呼ばれる遊郭があり
ところどころ見られる古い家にはその名残もあるそう。
現在の場所は北区ですが名古屋城の東に位置していることが
その由来でしょう。


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これは古いホーロー看板。
下に書いてあるスズラン通りは大曽根駅と森下駅の中間あたりから始まる商店街で
このときは行かなかったのですが、ストリートビューで見ると今も入り口には
スズランの街灯が付いていました。


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路地裏の道はやはり狭いですね。


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ラーメン屋さんの看板。微妙に曲がっているのは麺を表現している!?
ここは台湾ラーメンのお店で味の評判も良いそう。
次回のお楽しみですね。


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分かれ道のスパッと切れた建物。
左の通りをまっすぐ行くと冒頭の城東町、右が志賀本通方面です。


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牛コロ?
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ここにも。


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登録商標にもなっているのか。
どうやら近くにあるうどん屋さんの看板メニューである肉うどんのようです。
台湾ラーメンに牛コロ肉うどん…、食にそそられますねぇ…。
今度来るときはお腹をすかせてこなければ。


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名古屋市北区 名古屋市営地下鉄名城線志賀本通駅にて


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1965年、栄〜市役所間開通から始まった名城線は2004年に全通して現在の環状線の形が出来上がりました。
完成までおよそ40年かかったことになりますね。
この志賀本通駅も1971年の3期目の工事で完成しているのですでに48年ですか。
ちょっと薄暗いホームの照明が古き良き?名古屋の地下鉄らしい駅です。

そのうちホームドアが付くのも時間の問題と思われるので
こうして直に電車が見られるのも今がラストチャンスなのかもしれないですね。


  1. 2019/06/13(木) 01:00:46|
  2. 愛知県
  3. | コメント:0

ナゴヤの城東

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名古屋市東区 JR中央本線大曽根駅にて
やってきたのは名古屋から電車で15分ほどの大曽根。
中央線の他に名鉄瀬戸線、地下鉄名城線、ゆとりーとラインが集まる名古屋市北部の要衝で
名城線が延伸するまではナゴヤドームの最寄り駅でもありました。


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首都圏では北関東に行かなければ見れなくなった211系もここではまだ主力。
朝ラッシュ時は10両や8両など長編成で走るのでまさに通勤電車。
一昔前の宇都宮線や高崎線を思わせる懐かしい姿です。


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休日に運転されるナイスホリデー木曽路 塩尻行。
快速の表示だけなので特別感はあまりないですがロングシート主体の中央線にあって
転換クロスの313系で運転されるので塩尻まで快適に移動できそうです。


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大曽根駅といえばホームから改札まで続く長い通路。
電車が入ってくるのが見えるとホームまで遠くて大変そうに見えますが…。


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左側にカーブしているのはバス専用道のゆとりーとライン。

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1階と2階が飲食店などが入った商業施設でその横がタクシー乗り場
さらにその上はマンションとよく見るとなんともてんこ盛りなビル。

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ゆとりーとラインのバスが入ってきました。電車と比べると小さいのがわかりますね。

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橋の下
左は名鉄瀬戸線。


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ではさっそく街中へ
線路の高架を渡った先は東区から北区へ。
今回は大曽根駅から城東と呼ばれる地域を通り志賀本通まで歩きたいと思います。


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名古屋市北区大曽根4 国道19号にて
幅の広い道路と各方面の何枚も並んだ青看板が壮観。


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大通りからさらに一歩入ると長屋のように細長い家が並んでいました。
電線が複雑に絡んでいて“スッキリしていない”ところがいいですね。


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大曽根駅周辺のビルやマンションを背にさらに歩くと平坦な家々が続く住宅街へと入っていきます。


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曲がり角を三角形に切ったすみ切り(だったでしょうか)。
2階の窓などは時代劇に出てくる旅籠のような雰囲気ですね。
普通の家の中にこうした古い建物が時折混ざっていて歴史ある町であることを感じさせます。

  1. 2019/06/10(月) 22:49:34|
  2. 愛知県
  3. | コメント:1

おっぺ川の木橋

前回の続きです。

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埼玉県坂戸市石井にて
飯盛川に沿って歩き、北坂戸駅周辺の住宅地を抜けると
駅から離れたエリアとなり畑や木々、戸建の住宅などが増えてきました。
この辺りは1956年に坂戸市の前身である坂戸町が発足する前は勝呂村と呼ばれていたそう。


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坂戸市立歴史民俗資料館
旧勝呂小学校の校舎を利用した資料館で、屋根や雨樋などは取り替えられているようですが
木の壁や窓枠などに今も古さを感じます。
肝心の資料館は土日休みということで入ることはできませんでした。
訪れるにはハードルが高そうです。


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資料館の向かいには坂戸町の文字が。
市になる前からいる“坂戸の主”ですね。


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埼玉県坂戸市赤尾から島田にかけて
川島町との境目に近いこの辺りは広大な田んぼ。


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これは何やら合流する道の跡…。


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島田橋の看板を頼りにさらに進むと越辺川の堤防。
手前には地蔵や石像が複数。お地蔵様は300年以上前から鎮座しているそうで
“坂戸町”を超えるこの地の主ですね。


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島田橋
欄干のない木橋で2014年には大雨による被害で流失しているようですが
太い丸太が複雑に組まれた頑丈そうな橋です。


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下に降りることもできるのでその作りを観察することも可能。


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島田橋を渡り反対側の堤防からはしばらく離れていた東上線が見えてきました。
田んぼと山に囲まれた中を行く東横線の電車というのもかなり違和感がありますね。
これぞ本当の田園調布、なんてね…。


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埼玉県東松山市 東武東上線高坂駅西口にて
一般的に高坂という名は関越道のSAとして知られているでしょうか。
東上線の高坂駅は隣の北坂戸とともにニュータウンとしての開発が進められ、
古い街並みも残る坂戸や東松山に比べるとかなり整備された印象。


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ホームが広い高坂駅。
その昔、ここからセメント工場へ伸びる貨物線が分岐していたこともあって
昔から駅構内が広かった名残と思われます。
貨物線は1984年に廃止された後も最近まで関越道に架線柱が付いたままの橋梁が残っていました。
車で走っている時に見えるのが印象的だったのですが今はそれも撤去されてなくなりましたね。


  1. 2019/06/06(木) 00:33:50|
  2. 埼玉県
  3. | コメント:2
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